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国東簡易裁判所 昭和33年(ろ)17号 判決 1959年4月16日

被告人 安藤進

昭一二・一・三一生 農兼竹材商

主文

被告人に対し刑を免除する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三三年八月一日午後七時頃、東国東郡国見町赤根一一四六番地佐藤好美方前庭において、酩酊していた土谷鉄次が右佐藤と草履のことで論争していたのを止めたところ、土谷は却つて被告人に向つて来たので、被告人の実弟河野正行が土谷を制止すべく同人を後方から抱いたのであるが、土谷はこのことを「被告人等兄弟で自分に害を加えようとしたものである」と思推し、被告人等の父安藤玉緒にそれを告げるべく、同日午後七時半頃、肩書被告人宅に至り、同家の土間において、右玉緒に面会を求めていた折柄、土谷から一足遅れて帰宅した被告人は、土谷はかねて酒癖が悪いので、素面の時に来談するよう、父玉緒と共に口頭で退去を求めたがこれに応じないので、被告人は同人の酒乱を防止するため、実力をもつて退去させるべく、同人を後方からその場に引倒し、右手を掴んで、同所から表道路境まで約二・三米(その間は土間及び高さ約五糎、幅二〇糎、中央に二条の鉄レールを敷いた石の敷居並びに幅八〇糎のコンクリート張りがある)を引ずり出し、よつて同人に対し、全治一〇日間位を要する腹部並びに右側前腕、腰部などに挫傷兼擦過創を負わせたものであつて、右は防衛の程度を超えたものである。

(証拠の標目)<省略>

(適用法令)

刑法第二〇四条、第三六条第二項、刑事訴訟法第三三四条

弁護人の正当防衛の主張及び刑の免除について、

弁護人は、本件は土谷鉄次が、被告人によりその住居から退去を求められたに拘らず退去せず、不正な侵害行為を継続するので被告人として己むを得ずして為した正当防衛行為である旨主張するので考えるに、証人佐藤好美、同河野正行、同柏崎政夫の各証言によると、土谷鉄次は本件事故三〇分位前に前示佐藤好美方前庭において相当の酔態を現わしていたこと、証人安藤玉緒、同安藤かやめの各証言によると右土谷は以前被告人宅において酔余乱暴をして建具などを毀損したことがあることが認められる。従つてこのような酔者が自宅に入り文句を言つている場合、住居主である安藤玉緒及びその長男である被告人が退去を求めるのは当然であり、口頭で退去を求めてもなお応じない時は実力で退去せしめても無理からぬことであり、又不退去と共に他人の身体又は器物などに危害を加えるような急迫な状態にある場合は、右実力行使に際し相手方の身体に多少の負傷を与えても己むを得ないものと解せられる。しかし本件の全証拠を綜合すると、土谷鉄次は当時被告人宅土間において右玉緒に来意を告げんとしていたもので、それが面会の強要であつたとしても他に危害を及ぼすような態度があつたとは認められない。被告人は当時土谷が附近に在つた自転車を蹴倒したように思つているが、自転車が倒れたのは、同人が被告人から引倒される際に同人の足が自転車にあたつて倒れたものであると認めるを相当とする。そうすると被告人として土谷を退去させるには、同人の身体に危害を及ぼさない程度の実力行使で退去せしめ得る余裕があつたにも拘らず、興奮のあまり同人に対し判示のような乱暴をして傷害を与えたものであることが窺知されるから、被告人の本件行為は刑法第三六条第二項の防衛の程度を超えたものであると認める。そして被告人の年齢、将来のこと土谷鉄次の素行その他の情状を考合せると、被告人に対しては刑を免除するを相当とする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 吉松卯博)

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